家は自分や家族が住まう空間だからこそ、快適さを求めたり、上質な場所にしたいと考えるのは当然のことだろう。いざそれを実現しようとする際、目に見えるインテリアに気を配るのはもちろんのこと、さらに音や香りといった要素を加えると、空間の雰囲気がより素敵になってくる。ただ、そうとは分かっていても、音や香りは目に見えないものであるが故に手を出しづらく、難しいと諦めてしまう人もいるのでは? そこで今回は、音のプロフェッショナルとしてさまざまな空間のサウンドデザインを手がけている「SOUND CoUTURE」の代表を務める大河内 康晴氏と「SOUND CoUTURE」のメンバーであり、サウンドデザイナー兼調香師としても活動しているShimon Hoshino氏に、空間をより快適、また上質なものにしてくれる心地よい音と香りの見つけ方について教えてもらった。
SOUND CoUTURE Inc.代表兼ディレクター、サウンドスタイリスト。Sound=音、Couture=仕立て、縫製の言葉から連想をさせ「音の仕立て屋」を意味する。オートクチュールの服のように、コンセプトに沿って空間の「モノ」「コト」「ヒト」に向き合う。音のサイジングを意識し、さまざまな商業空間やオフィス空間、企業やブランドの「ブランディング」と「ターゲット」に視線を向け、空間のサウンドデザインを手がけている。ブランドの特徴を音に変換する「空間のサウンドロゴ」を得意とし、周波数やリズムなども取り入れた多角的な「音の可視化」「文脈化」にも力を入れている。
12歳で親元を離れてフランスへ。さらにアメリカの高校に通う。慶應義塾大学を卒業後、サウンドデザイナー、調香師として2016年から活動を開始。楽曲プロデュースやファッションショーに携わるほか、商業施設やホテル等のサウンド及びフレグランスデザインを行う。またアーティストJua(ジュア)と数多くの楽曲制作も行い、19年からはOsteoleuco(オステオロイコ)のピアニストとして活動中。21年にはサウンドデザインチーム SOUND CoUTUREのメンバーとなり、大河内氏と共に数々の案件を手がけている。また、22年にはギターのFender社の国際グランプリ受賞。その活躍の場は、海外にまで及んでいる
https://soundcouture.jp
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空間に合わせた音を作る際に必要なこと、それは綿密なリサーチとコミュニケーション。例えばレストランやホテルなどは、その空間に人が入ることで”場”として完成する。その”場”を作り上げるためにクライアントが何を望み、またそこを訪れる人たちにどういう気持ちになって欲しいのかを確認、さらに商業空間の場合は価格帯、売上などのゴール設定も確認する。
リサーチとコミュニケーションの後は、どのような建築・内装になるのかを確認した上で、そのビジュアルや要望からどんな音を入れたらいいのかを検討し、制作を行う。そして作った音を現場に持ち込み、その場に存在する環境音などを確認しながら調整をして、音を仕上げる。音が空間とマッチすることはもちろん、そこで行われることにもマッチするのが必要不可欠となる。
サウンドクチュールが行なっている音のしつらえ、それは目に見えているもの(建築や内装を含めた空間)と見えないもの(音や香り)を調和させるということ。音を分かりやすく導くために、その場の空気感を色に喩えたり、キーワードを設定しておく場合も多い。それはクライアントと共通の視覚化できる音のイメージを持つことで、実際に作りあげた音を現場に持って行った際、各々の趣味思考が入らない状況ができ、理解しやすくするため。つまり、演奏者の表現である音楽(ミュージック)ではなく、目的のある設計をするサウンドのデザインを一緒に作っているということを、クライアントにも認識してもらっているのだ。そのためプレゼンシートには、言葉はもちろん、ビジュアライズした感情の曲線なども入れ込み、確認してもらう。
常に多数、多ジャンルの仕事を抱えているShimonさんの香りへのこだわりは、こだわりを持たないということ。自身のこだわりやストーリーを持つと、それに気を取られて作業が滞ってしまうから。サーファーらしく、その場の波を読み、その波に乗るための方法を自分自身で作るというスタンスで香りを生み出している。
香り作りは直感という部分が大きなウェイトを占めるも、その基礎としてさまざまな情報を整えてくれるディレクターからの情報をヒアリングし、現地に赴いて合わせていくというのがShimonさんのスタイル。音楽と香りの世界の両方に身を置いていることから、バランスを取ることに長けており、その空間の音が在るべき位置(高音・中音・低音)と香りのイメージをレイヤーし、それらの要素を掛け合わせることによってイメージが明確になっていくという。
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「アポテオーズ」はフレンチレストランですが、シェフの北村啓太氏は日本人であるという自分のアイデンティティや日本の文化をとても大切にされていて、器には信楽焼や有田焼といった日本の作家作品が採用されていました。また、エントランスではウェルカムティーとして、お茶を提供。そこに流れる音は、お客様のファーストインプレッションとなるお茶の味と香り、空間に調和するものが求められていたわけです。そこでまずは、シェフが心酔しているという京都の仁和寺に足を運び、その地で収録した風の音や鳥のさえずり、虫の音といった環境音を用いることに。さらに、音楽的な要素としてShimonくんのピアノを加えて仕上げました。
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青山・表参道にある美容クリニック。質の高い美容医療と新しい価値の創造を目指し、その人のためのオンリーワンの美容治療で感動を届けることをテーマとしている。香りの開発に当たっては「自分らしく生きることを追求している女性」をイメージ。KAUNIS CLINICが、心を穏やかにさせ、前向きなマインドを引き出してくれる香りをSIMONE Inc.、Epo Essential Oil Factoryと共に開発。香りの成分にはレモンをはじめ、ネロリ、サンダルウッド、スウィートオレンジ、シダーウッドテキサス、ローズゼラニウムが使用されている。
美容整形には、さらに美しくなりたいと願う前向きな気持ちもあれば、不安要素をなくしたいという側面もあると考えました。不安で頭がいっぱいの時は、人の言葉は頭に入ってきにくいもの。まずは、ドクターの話をきちんと聞くことができるように、気持ちをフラットにさせてあげなくてはいけないと考えました。そこで、調合された香りと合わせていきながら、音にも不安を緩和させる周波数を入れ、リラックスできるものを作りました。
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六本木にあるレンタルオフィス。事務所やワークスペースだけでなく、店舗やギャラリー、ショールームとしても活用できるさまざまな空間が広がる。感性を刺激する洗練されたクリエイティブプレイスの香りを手がけたのは、IRis Tokyo代表でアロマ空間デザイナーの石井保子さん。香りは建物のデザインコンセプトである”SINPLEGANCE”から発想し、シンプルながらも都会的で洗練された空間、さらには心地よいくつろぎと創造的な感覚が生まれる空間をイメージして作られている。清涼感のあるシトラスハーブと深い落ち着きをもたらすシダーウッド、甘さとスパイシーさのある木質系の香りをブレンド。天然香料だからこそ叶う植物本来の力を存分に生かし、心と身体を穏やかに整えてくれる。日常にあるひとときが、香りを含めた五感を通じて特別な場所となるよう、心地よく快適なライフスタイル空間を表現したものとなっている。
シェアオフィスの音作りをする際、まず時間を区切って考えることをしました。朝は出社をして、フリースペースに色々な人たちが集まって、各々の仕事をはじめる時間帯。11~14時は来客も多く、またプレゼンやミーティングなど活気のある時間帯。夕方にかけては、仕事をクロージングしていく時間帯。そして、夕方は帰宅する人がいる一方で、新たに出社して働きはじめる人もいる時間帯というような具合です。オフィスは基本的に考えることが多い場所ですから、音の情報に意識を持って行かれないようにするために脳内で音符を追っかけないよう、音楽的要素を極力削っていきました。意識、無意識に限らずBGMは人の身体と精神によくも悪くも影響を与えているからです。さらに、時間帯によってビートの速さを変えることで、その時々の空間のシーンに最適な音に調整しました。
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大河内:僕はまず、たくさんの映画を観ることをおすすめします。映画を観て、自分が「よかった」「惹きつけられた」と感じたシーンがあれば、サウンドトラックを買う。すると、そのシーンで使われていた音楽が分かり、シーンと音を結び付けられるようになるんです。例えば友人を迎え入れる時の音や、疲れた時に聞きたい音など、映像と音を一緒に自分の中で合わせていくと、自然といい音が見つけやすくなるはずです。また、街中で「いいな」と思う音楽が流れていたら、音楽検索アプリ「Shazam」を使って楽曲名やアーティスト名を調べるのもおすすめです。そうして見つけたものを「Spotify」や「Apple Musicのディスカバリーステーション」で自分のプレイリストに加えていくと、アルゴリズムによって自分の好みに合った音楽がどんどん入ってきます。そこから取捨選択していくと、自分にとっての心地よい音を集めることができるのではないかと思います。
Shimon:僕はできる限り、旅をすることをおすすめします。自分の好きな香りというのは、意外と主観では分からないものなので、まだ行ったことのない国や場所に飛び込むことが重要だと思います。例えば、インターネットで”いい香り”と検索をすると、色々な情報が上がってきますが、その際、実際に現地に行くことによって、香りのインプットが増えるんです。その後、家に戻ってきたとき、あの香りが欲しいなと思えたら、それは自分にとっていい香りだと思うんです。色々な場所に行き、香りを体験するのが一番。僕の香りや音楽の先生たちが共通して言っていたことも「座学だけでなく、多くの経験をするために旅に出なさい」ということでした。
伊藤忠の住まい「CREVIA」
instagramはこちら
instagramアカウントで、大河内康晴さんの
「フレグランス “三種の神器”」
を掲載しています!
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空間に音や香りを実際に入れていくと、そこに何が必要で、何が必要でないかが自然と分かってくるようになります。例えば、ゆったりとした音楽と、やわらかな香りによって演出された書斎なら「照明はもう少し柔らかいほうがいい…装飾品の印象がきつすぎる…」など、その空間にマッチする光の量やインテリア、装飾品までもが見えてくるのです。そして大抵の場合は、要素を盛り込み過ぎていることが多いですね。その場合、僕らはそれらを削っていくお手伝いをしています。
サウンドクチュールメンバー全員が愛用してる「SONOS」のスピーカー。打ち合わせの際に使用しているRoamというSONOSシリーズ。Wi-Fiで複数がペアリングできるのも魅力
サウンドクチュールという社名のクチュールとは“あなたの空間やコンセプトに寸法を合わせていく”という意味を含んでいます。僕たちが行なっているサウンドデザインはアートではなく、目的のある設計なのです。当社は、各方面で活躍している個性豊かなクリエイターが所属しているのが特徴で、プロジェクトごとにメンバーをハーモナイズさせています。それによって各々の経験が最大限に発揮され、レベルをさらに高められるのです。音や香りを求める場合には、直感が大事だと思っています。まずは「心地よい」と「そうでないもの」を感じて認識すること。その積み重ねが、最良の音や香りを見つけることに繋がります。自分の感覚を信じて大切にしていくことは、これからの時代にもっと必要になり求められることだと思っています。自分を大切にすること=他者を大切にすることだと僕らは考えています。
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