携帯電話でもコンビニのコーヒーサーバーでも、世の中にあるいろいろな製品は、企業の知恵を尽くしユーザの使いやすさを考えて設計されているはず。でも「iPhoneは使いやすい」とか「あのATMはわかりやすい」とか、結果として使いやすさに大きな違いが出てくるのはなぜ?
実はデザインの世界だけでなく、ビジネスでも今注目を集めている「デザイン心理学」が、その鍵を握っているのです。
千葉大学工学部デザイン心理学研究室発ベンチャーである「BB Stoneデザイン心理学研究所」代表。 膨大なデータベースをもとに 人間の行動・感情・わかりやすさ・見やすさなど言葉で語れないものを 実験心理学の手法を用い 数値化、 調査・コンサルティングを行う。横浜国立大学教育学部心理学科卒業。
BB Stoneデザイン心理学研究所
http://www.bbstonedpu.com/
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「iPhoneって形が美しくマニュアルを見なくても、なんとなく触っているうちに使い方が分かる。本当によく出来たデザインです。そのiPhoneを作っているアップル社のブレインの一人と言われているのがアメリカの心理学者のドナルド・ノーマン博士。彼は心理学とデザインとを結びつける研究を、世界で最初にした人でもあります」と教えてくれたのはBBStoneデザイン心理研究所代表の日比野好恵さん。日比野さんが起業したBBStone社は日本で初めてデザインに関する心理を数値化し、コンサルティングを行っています。
「私が手に持っている『レモン絞り』。これは先ほど申し上げたドナルド・ノーマン博士が本能レベルで魅力的なデザインの例として、採り上げているものです」 -
右の図をご覧ください。人間はものごとを判断するのに「本能レベル(Visceral)」、熟考の末出て来る「内省レベル(Reflective)」、日常の行動を制御する「行動レベル(Behavioral)」の3つのレベルがある、と心理学の研究で分かっているのだとか。で、このレモン絞りはまさに本能に訴えるデザインなのです。デザイナーであるフィリップ・スタルクは、“オブジェとしてキッチンにあると、さまざまな会話が成立する。実際に使えないかもしれないが”とまで、コメントしています。
「最初の印象が『いい』に傾けば、製品に対する印象はなかなか覆らないのです」(日比野さん)JUICY SALIF CITRUS-SQUEEZER
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ひと目で惹かれるデザインのことをノーマン博士は『エモーショナル・デザイン』と名付けています。では、内省レベルに訴えるデザインというのはどのようなものなのだでしょう。ノーマン博士は著書の中で、本能レベル+内省レベルに訴えるデザインとしてミニ・クーパーを挙げています。持っていることでステータスが上がる、歴史や使い方など思い入れを熱く語りたくなる見た目。BMWが最初のミニ・クーパーを発表した時に「この車の運動性能については賛否両論あるだろうが、これほど微笑みを誘う新しい車はない」とニューヨーク・タイムズ紙が評したとか。
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実際、ミニ・クーパーのユーザはこのデザインに対して思い入れが深い人が多いようです。
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行動レベルに強烈に訴える製品としては、ノーマン博士は自身も愛用していたカシオのGショックを例に挙げています。純粋な行動的デザインを極めに極めたの時計は「もっと高価な時計も買えるのに、あえて機能性を極めたこの時計を身につけることを自慢する」という逆説的論理で、多くのセレブやファッションアイコンが身につけています。そのことがさらなるブランド力となった稀有な時計なのです。
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「ユーザーが好印象を感じるもの、使いやすいと感じるものにはきちんと理由があります。例えば弊社で手がけたものには高速道路のスピード違反解決もあります」(日比野さん)
高速道路では、どうしてもスピードを出しがちな長い直線部分の両脇にOLED 有機ELのベルトライトを設置。ライトの光によって実際よりも速度を速く体感する、という錯覚を用いて、スピードの出しすぎを抑えることに成功したのだとか。デザインって、そんな領域までやるものなんですね。
「お年寄りが右往左往して、人の波に渋滞が出来ていたんです。お年寄りが悪いんじゃなく、そもそもわかりにくい・使いにくいデザインのものを設置しているのがよくないわけですよね。それに憤って千葉大で教授をしている夫に話したところ『それはまさに僕が研究していることだよ』と。社会を良くし、問題を解決する力がある、と思って夫を説得し、起業したのです」(日比野さん) -
取材が行われたクレヴィア田端には、新モットキッチンという、行動観察を基にしたキッチンが備えられてます。プロの目から見た感想を伺ってみると、さすがの鋭いご指摘。
「モノの配置はとても大事です。アメリカのある大学で、学生の食生活を健康的にするためにある工夫がされたんですが、なんだと思います?食堂で、ポテトチップスなどのスナック菓子を、ちょっと取りにくい位置に置いたんです。サラダの向こう側とかね。それだけで、その大学の健康度はアップしたというレポートがあります」
スパイスラックが遠くにあろうと、レンジの横にあろうと、見た目は全然変わりません。でも、その結果は例えば料理をすることの楽しさにつながり、健康的な食生活に繋がる。
「今、デザインの主流は“見えないところに”あるんですよ。」(日比野さん) -
「最初のモット・キッチンのリリースは2009年。クレヴィアのオリジナルキッチンとして開発したモット・キッチンの利用調査をしようとアンケート調査を行ったのですが、ある人は調理スペースが足りないと不満であり、ある人はちょうどいいと満足しているなど、満足・不満足な点がバラついていたんです。また、言葉にできないけれどももやっとした不満をお持ちの方もいらっしゃいました。そこで、『キッチンの利用実態が分からないとなんとも言えない』ということになり、株式会社オージス総研と協働で、行動観察調査をすることになったのです」と開発のきっかけを話してくれたのは現在の伊藤忠都市開発の大徳さん。
その調査とは、モニターを募り、実際にキッチンを普段通りに使っている姿をビデオで撮影する、というもの。撮影スタッフは極力気配を消して撮影、何十時間にも及ぶその動画をチェックして、気づいたことがいくつかありました。
また、キッチンを使っているユーザーの動きを観察して、動線がスムーズではなく、ムダな動きをとらざるをえないことも判明しました。初代モット・キッチンではスパイス棚がシンクの右側にあり、素材を洗う→切る→炒める→味付けする、という動きの場合、レンジ側からシンクを越えてスパイス棚まで、何度も往復しなくてはならなかったのです。そういったことが、もやっとした不満に繋がっていたのだと考えられます。
「そこで、行動観察の結果に基づき、設備機能、セレクトカスタマイズ、収納動線、フォローサービスの4つの面からいつでも居心地のいいキッチンを作ることにしたのです」(大徳さん)実際、改良された動線で同じ作業を行なって検証したところ、なんとそれまで55分かかっていた平均調理時間20%もが短縮され44分に。歩数も25%減少、ひざに負担がかかる屈伸に至っては70%も減少した、という結果が出たとか。また、なんともユニークなのは、新モット・キッチンとはこのコンセプトに基づいたメソッドであり、キッチン設備そのものではないという点。行動観察に基いて改良された使いやすい動線は 他のキッチンにも応用可能です。さらに、キッチンの使い勝手は収納力で変わるという行動観察の結果を踏まえ、フォローサービスで収納の仕方をプロに教わるオプションもあります。
「私も主婦で自分で料理していますが、自宅のキッチンが新モット・キッチンのコンセプトに基づいていればなあと思うことがあります(笑)」(大徳さん)モットキッチン
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