毎年4月に開催される世界最大規模の国際家具見本市<サローネ・デル・モービレ>、そして市内全域で企画される展示<フオーリサローネ>。この、デザイン界の一大イベント<ミラノ・デザインウィーク>については、各メディアが次々と新作家具や注目のデザイナーを紹介している。が、そこで忘れられがちなのがモノの置かれる環境、空間のデザインだ。小さなもの、家具も、デザインは空間なしに語れない。
そこでここでは、もう一つの「ミラノ・デザインウィーク」、ということで、人々を感動させ、驚かせ、また考えさせてくれたインスタレーションを、もう一度見直しお届けします。
ミラノ在住20年以上のジャーナリスト、キュレーター。デザイン・建築の話題を中心に取材、寄稿。デザイナー、エンツォ・マーリの研究のほか、建築家ジオ・ポンティの仕事を、展覧会企画を通じて日本に紹介。
シチズンが、パリを拠点に活動する建築家、田根剛(DGT.)氏を起用し、ミラノで初のインスタレーション「light is time」を披露したのが2014年。時計の部品を使用した見事なインスタレーションに誰もが魅了され、東京での凱旋展も開催されたので、ご記憶の方も多いだろう。
そして今年、シチズンがミラノに戻ってきた。「time is TIME」。期待が膨らんだところで、先に見学した知人から「2年前の展示とあまり変わらなかった」と聞く。ともあれ入場したところ、たしかに一見似てはいる、・・が違うのだ。12万を超える時計の地板が、二分された空間の一方ではランダムに、一方はシステマティックに吊るされて幾何学的な動きが出現している。宇宙の中にいるような初めての経験と、これを設置したスタッフの労力を想像して頭がクラクラとしてきた。毎回アイデアをゼロにリセットする必要はない。じっくり熟成させたインスタレーションを味わう時間を持ちたい。
インスタレーションは2ステージあり、約12万個の時計の地板を一方はランダム(写真)に、もう一方はシステマチックに吊るした。
こちらがシステマチックで幾何学的なインスタレーション空間。立ち位置によって風景が変わる。それにしても設営と撤収、お疲れ様でした。
展示品は、「エコ ・ドライブ」機能によるソーラーセルの発電で動く腕時計最新モデル。地板をこうして見せられると、まるでジュエリーのようだ。
来場者を迎えるのは広大な会場の導線を作る白いブリック製のような壁。よく見れば素材は紙のシューズボックス。ごくシンプルなアイデアが効果を発揮することに、まず感心させられた。
ナイキは、10名のデザイナー、建築家らとのコラボレーションで、身体パフォーマンスの潜在能力の発展を探る展覧会を開催。「動き」が鍵となった。なかでも新鮮な驚きをもたらしてくれたのが、イギリス人デザイナー、マックス・ラムの作品だ。置かれているのは巨大な大理石、そしてアルミニウムのブロックのオブジェ。実演を見れば、それらを指先で簡単に移動させているではありませんか。カラクリはエアコンプレッサーにあり、中から空気噴射で物体をわずかに浮遊させているから。これこそモノが「重力」から自由になる方法なのかもしれない。
展示は、市の外れの元工場を再利用したスペースで開催された。近くに「プラダ・ファンデーション」がオープンしたミラノの注目の再開発地域。
会場の導線となるパーティションはすべてシューズボックス。インスタレーションは、閉会後の廃棄物をいかに少なくするかも配慮すべきもの。
広大な会場に10人のデザイナー・建築家による8作品のほか、ナイキのスニーカーの進化を物語る3セクションも見所に。
アートとデザインの境界で製作活動を続けるマルティーノ・ガンパーの作品は、ナイキの軽量ニット技術、FlyKnitを張ったドラムセット。
大理石の塊、アルミニウムのシリンダー、ポリスティロールのボックス。これがデザイナー、マックス・ラムのインスタレーション。
大理石の塊さえエアコンプレッサーによって浮かせ簡単に移動してみせるパフォーマンスは、重力の概念を揺さぶった。
かつて工場だった会場の広い中庭。夜のイルミネーションデザインも魅力的。
インゴ・マウラーは、ミラノ・デザインウィーク古参の、ドイツ人照明デザイナーのマエストロ。長年スパツィオ・クリツィアというギャラリー空間で発表を続けてきたところ、今年は馴染みの場所に不在、とファンたちはソワソワ。実は別の素晴らしい場所を見つけていた。そこは、かつてサン・パオロ・コンヴェルソ教会として建てられた後期ルネサンスの建築で、今は建築事務所として機能している。当時のまま残された教会の内陣の空間すべてを使ったインスタレーションは圧倒的な迫力に。場所のパワーが強いと、ヘタをすれば展示物が空間に負けてしまいかねない。しかしインゴさんは、現代の照明器具と5世紀以上を隔てた建築空間とを対話させ、サイトスペシフィックな展示に成功した。家具も照明もモノも、単品でなく空間として見せることが大切なのだと教えてくれる。
教会建築と宗教画を背景に、インゴ ・マウラーのコンテンポラリーな照明器具が調和する。
ファッションブランドが家具業界に参入するようになって久しい。とはいえ今回の<ドルチェ&ガッバーナ>のインスタレーションほど、強いインパクトを感じさせるものはなかった。対象は家具ではなく、いわゆる白物家電、冷蔵庫。高級家電メーカー<SMEG>とコラボレーションだ。冷蔵庫はその図体の大きさゆえ邪険にされ、ミニマルなデザインで存在を消す方向に流れていたが、ここで一発逆転。シチリア出身のデザイナー二人は冷蔵庫を、故郷に伝わる祭り用の馬車「カッレット・シチリアーノ」の極彩色の装飾で埋め尽くし、存在を花開かせた。ノスタルジックな電飾あり、熟練のマエストロ手描き実演あり。冷蔵庫でこのような祝祭空間を作り出すとは。
装飾性やアート性が禁じ手とも言えるインダストリアルデザインの世界に、<ドルチェ&ガッバーナ>は、ファッションデザイナーという立場を正しく使って起爆剤を仕掛けた。いつものようにシチリアへの愛いっぱいに。
シチリアのマエストロたちの手で、正面から側面まで描きこまれたSMAGの冷蔵庫「FAB28」。100台のリミテッド・エディション。
ミラノの中心にあるバガッティ・ヴァルセッキ・ミュージアム。その甲冑コレクションの廊下から展示室に入ると、薄暗いなかに彫刻作品のような縦長の物体がそびえている。コンパニオンの女性がモノリスのような物体をタテから横に寝かせると、同時に照明も変わる。するとモノリスは家具となり、展示室はサロンに変身する。「パラレルワールド」の出現だ。
この不思議な展覧会を企画したのは、建築家グエナエル・ニコラ率いるキュリオシティ。「機能が意味を失ったとき、物体には何が残されるのか?」が、本展の問いかけ。タテに置かれた家具の風景を見ると、世界というのは普段、重力に従った物の配置で支配されているのだなあと改めて感じる。機能を失って残されるのは、美や記憶なんだろうか? 不思議なインスタレーションについての答えは、いつかニコラ氏に教えてもらいたい。
モノリス?と思いきや、板を倒すとダイニングルームへ様変わり。
バガッティ・ヴァルセッキ・ミュージアムは、19世紀末の美術コレクターがルネサンス風にしつらえた館。ちょっと怖い甲冑コレクションの廊下。
こちらは白いモノリスを倒すとサロンに。京都、細尾が製作した、和紙や金銀箔を混ぜた西陣織りが妖しい光を放つ。
あるチーズの生産者がミラノ・デザインウィークに出展し話題を呼んだ。何を出展したかといえば、レンガや植木鉢、花瓶などのプロダクト。名付けて「メルダコッタ」。このイタリア語を直訳すれば、焼成した牛糞、となる。通常のレンガより明るめでうっすらピンクがかった美しい色を持つ。
ジャンアントニオ・ロカテッリはチーズ生産を営む、ピアチェンツァ近郊の酪農家だ。農場では家畜の糞尿をバイオガスに変え再生可能エネルギーとして利用している。とこらが彼はそこに留まらなかった。自ら「The Shit Museum」を考案して、循環型の知をアートを介して広め、さらに今回、牛糞のプロダクト化にまで挑戦した。薄っぺらな「エコ」など吹っ飛ぶ、持続可能なもの作りの新たな挑戦。会場構成は、建築家ルカ・チペッレッティが担当。そして見事「ミラノ・デザインアワード2016」に輝いた、おめでとう!
焼いた牛糞でできている?!と話題になったプロダクト。色も質感も美しく来場者はびっくり。カップやプレートもあるんです。
会場は「5vie」地区にあるアートスクールSIAM。地下では「The Shit Museum」の紹介やコレクションも一部展示された。
インスタレーションを担当した建築家、ルカ・チペッレッティ(左)と、酪農家で「The Shit Museum」オーナーのジャンアントニオ・ロカテッリ。
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