環境意識の高い「ゴミ収集車のない町」として世界から見学者も訪れる徳島県・上勝町。
20年以上前からごみを減らす施策に取り組んできました。その町に建てられた建築家・中村拓志氏設計のRISE & WIN Brewing Co.は思わず息を飲むユニークな外観ですが、そこには理由があるのです。
町がデザインを生み、デザインが町を育てる。
続けていくことの大事さを、このブルワリーが教えてくれます。
上勝町の取り組みに惚れ込み、量り売りの雑貨店「上勝百貨店」など、町と訪れる人たちのコミュニケーションの場を作り上げてきた立役者。今回RISE&WINの立ち上げにも携わる。
アーティスト。チベット版画などを制作。「だよねー」が口癖の上勝町の”仙人”。自給自足で美しいその暮らし方が注目を集める。
徳島市内から車で1時間半。つづら折れの山道に入ってしばらく走ると、のどかな田舎の風景の中、さまざまな廃材の窓をドミノのように組み合わせた目を奪う建物が突然視界に飛び込んできます。これがマイクロブリュワリー「RISE & WIN Brewing Co.」。
建築を手がけた中村拓志氏は2015年に国際建築賞リーフ賞を受賞した、世界が注目する日本人建築家ですが、「このデザインは上勝町だからこそ可能だった」と言います。
それは一体どういうことなのでしょうか?
「上勝町にはまず、ゴミ収集車というものが存在しないんですね。生ごみは自宅で処理し、その他のゴミは町の人たちが自分で資源置き場まで持っていってリサイクルするんです。そういうことをずっとやってきた町の歴史があり、だからこそここまで廃材を組み合わせた建築が可能だったのです」
通常の寸法の決まった建築資材と違い、さまざまなサイズの廃材を”素材”として使うのは難しくもあり、楽しくもあった、と中村氏は言います。印象的な窓だけでなく、インテリアにもリサイクル品が使われています。シャンデリアはさまざまなガラス瓶を組み合わせたもの。ショップの棚は小学校の机など、どこか懐かしい家具をリユースして制作したものです。
「町に住んでいる人も、この町を訪れる人も集まってコミュニケーションできるような建築を考えた」と中村氏。
RISE & WIN Brewing Co.はマイクロ・ブリュワリー(小規模クラフトビール醸造所)であり、BBQマスターが整えるBBQも楽しめるレストランでもあります。この写真はハーブが効いた自家製ソーセージ。この他にもスペアリブなどビールとともに楽しむメニューです。
元々上勝町に惚れ込み、上勝百貨店という量り売りの雑貨店を運営するなどしていた田中社長の本業は衛生管理の調査会社。本業で上勝町のごみゼロの取り組みなどを見学・勉強するうちに「上勝町をもっと知ってほしい」と考え始めました。
「上勝で持続的に活動していく形を考えているうちに、クラフトビールを造りたいと思うようになりました。ツテを当たっていくうちに、マイクロ・ブリューイングの本場アメリカでビール醸造をやっていたライアン・ジョーンズさんと知り合ったんです」と田中社長。
「折しも世はクラフトビールブームで、ライアンさんのところには『クラフトビールを作りたい、教えてくれ」』という申し込みがひっきりなしに来ていたそうですが、彼はビール作りは難しい、と断ってばかりだったようです。でも、僕の本業が衛生管理、と知ったとたん『あなたなら出来るよ』と。
というのも、ビールづくりで一番難しいのは”衛生管理”なんです。酵母以外の雑菌を増やさないこと。その点については僕らはプロですから、ライアンさんも太鼓判を押してくれたんですね」
かくして走りだしたマイクロブリュワリープロジェクト。ビールの名前は上勝の町名にちなんでKAMIKATZに。田中社長の思いに賛同する人たちがどんどん集まり、店は形になっていきます。
雑貨店で販売しているさつまいもチップスなどはすべて量り売り。町の人は自分のタッパーなど持参で買いに来ますが、観光で訪れた人も持ち帰れるよう、容器も販売。手提げ袋は新聞をリユースしたものに、活版印刷でロゴを印刷したもの。ロゴデザインは表参道ヒルズなどのロゴデザインを手がけたグラフィックデザイナーの鈴木直之氏です。
上勝町の資源のリユースだけでなく、主な建築資材もリユースにこだわっています。エントランス部分に敷かれた石レンガは、上海のビルを解体した際に出た建材をレンガ状にした製品で、破損するなどして商品にならないものを使用。エクステリアの植木カバーは漬物樽のリユース。それがなぜかきっちり計算されたデザインのバランスの元にあると、さまになる。建築デザインの仕事とは、その町に根ざすものを見出し、さらに見過ごされているものに新たな価値を与える、ということなのかもしれません。
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上勝町の「すごさ」を東京で味わえる場所が東京にこの春オープンした。「RISE & WIN Brewing Co. KAMIKATZ TAPROOM」では、マイクロ・ブリュワリーのできたてクラフトビールに加え、徳島地鶏「阿波すだち鶏」「鹿肉ソーセージ」など、上勝の美味が楽しめる。8つあるビアタップには国内のクラフトビールや本場アメリカ・ポートランドのビールなど、ゲストビールやサイダーもあり、世界のマイクロ・ブリュワリーの潮流を垣間見ることができる。空間設計は本家上勝と同じく中村拓志&NAP建築設計事務所が担当。上勝産の大きな切り株を使ったカウンターや、廃材を使ったインテリアなど、グローバルに注目される「上勝サステナブル」な雰囲気を、東京にいながらにして堪能できるはずだ。
そんな上勝町にあって、ある意味「理想の暮らし方」をしている、と、田中社長やRISE&WINのスタッフがお手本にしているのがアーティストのダヨネさん。彼は上勝町の中でも山頂に近いところで自給自足の生活をしています。電化製品はラジオ1個と、裸電球1個だけ、昭和というよりも明治時代のような暮らし方を、無理なく自然に営んでいます。
ダヨネさんの自宅は山中の上勝町の中でもさらに山頂のほうにあります。「生活に便利なのは川下だろうけど、昔から上勝の人は山の上に家を持つのがステイタスだったみたいネ」元々農家の納屋だった古民家を住居に改造した簡素な住まい。
細かく種類別に並べられた薪。ダヨネさんはこうやって美しく並べることが楽しいからやっている、と笑うのです。
水場は外。冬場は手がかじかむなかでの台所仕事となるが、「冷蔵庫が要らないんダヨネ」と笑います。世界各地を放浪してきてダヨネさんの食卓は国際色豊かで、特にネパール料理がお手のもの。棚には神戸の輸入会社から取り寄せたというスパイスが整然と並んでいます。ビン類はすべてリユース。
「おくどさん」と呼ばれるかまど。煮炊きはすべてこのかまどで行います。手際よく火を起こしていくダヨネさん。「かまどに火が入るとウチが暖まるんダヨネ」
今日ダヨネさんが作るのはネパール滞在中によく食べていたというカレー。野菜はすべて自家製。じゃがいものカレー、ほうれん草のカレー、玄米ご飯にダル豆のカレーをかけたもの、アチャール。これを指でまとめて押しこむように食べます。
元々静岡県生まれのダヨネさん。建築業などに携わりお金を稼ぐと海外へ旅に出る、という生活を長年送ってきました。世界中を旅し、ある時にはパリの蚤の市で古い自転車を手に入れたので、アルプスーピレネー山脈を走ってヨーロッパを横断したり。そのうち「どこかに落ち着きたいからこれからは自宅で楽しめることをやろう」とチベット版画の師匠に弟子入りし、版画を学んだとのこと。聞けば聞くほどスケールが大きくて破天荒なのですが、いきいきしています。上勝町はふらっと旅をしていてとても気に入り、住まうようになったとか。
ダヨネさんの居室兼アトリエは2階にあります。今まで制作した作品がきっちりを並べられた部屋。唯一の電化製品はラジオ1台のみ。シンプルで余分なものがありません。
ダヨネさんが制作するのは塗り絵、切り絵、チベット版画。滞在中に書いていたという日記には細かい文字でびっしりスケッチが描かれています。チベット版画は「道具を作るところから始まる」そうで、その道具の作り方も。あまりの精密さと斬新な色使いにため息が出ます。作品を欲しいという人も多いそうですが、「作品を欲しい、買いたいって言う人には『じゃ、一緒に作りましょうか』って言うの。だって、そのほうが楽しいじゃない?」と笑うダヨネさん。仙人、と呼ばれるゆえんです。
「今の時代、めんどくさいんだったらガスで火使えばいいんダヨネー」とニコニコ笑いながら話すダヨネさん。楽しいからかまどで火を炊く。人を招いてネパール料理を作る。版画や切り絵を教える。その姿勢はどこか「34種類のごみの分別なんて、ってみなさんおっしゃいますけど、めんどくさくないの。誰だってできることなんです。それに、分別したものが資源となってお金になるとわかっていれば楽しいでしょ?」ときっぱり話す、町の人の姿にも重なります。便利を手放すことは、イコール不便ではない。大事なのは生活を楽しむかどうか。上勝町のサステナブルな取り組みが続いているのは、そのあたりに理由がありそうです。
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徳島県上勝町は徳島空港から車で約1時間半。四国百名山のひとつである雲早山(標高1495m)を町内に有し、街全体が山岳地帯であるこの小さな町は2000人に満たない人口ながら、サステナブルな取り組みで世界の注目を集めている。「葉っぱビジネス」として名を上げ映画にもなった第三セクター「いろどり」の起業。またいち早く2003年に出された「ゼロ・ウェイスト宣言(ごみゼロ運動)」では、ゴミ収集車がいない町・ゴミを最大限資源にする34種分別などの努力によって着実に成果を上げており、全国の市町村から視察団が訪れる。
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