南国・高知県梼原町。
奥深い山の中のあるこの町をわざわざ訪れる観光客がひきもきらないといいます。彼らの目的は「建築」。日本を代表する建築家・隈研吾氏の建築が、この小さな町にいくつも建っているのです。その何が、人々を引き付けるのでしょう?かつて隈研吾事務所に在籍、昨年国際建築賞「リーフ賞」を受賞し、今一番注目される建築家・中村拓志氏が建築家の目で建物と町との調和・存続性をひもときます。
1974年東京生まれ。神奈川県鎌倉市、石川県金沢市で少年時代を過ごす。1999年明治大学大学院理工学研究科博士前期課程修了。同年隈研吾建築都市設計事務所入所。2002年にNAP建築設計事務所を設立し、現在に至る。地域の風土や産業、敷地の地形や自然、そこで活動する人々のふるまいや気持ちに寄り添う設計をモットーとしている。
株式会社NAP建築設計事務所
www.nakam.info/jp/
南国のイメージそのままのぽかぽか陽気の高知龍馬空港から車で2時間走り梼原町に到着すると、そこは雪国でした。
本館とギャラリーを結ぶ渡り廊下の、橋梁部分をいろんな角度から観察。木材が幾重にも組まれ、まるで神社仏閣のようにも見える印象的な構造物です。両端から刎木を何本も重ねながら持ち出して橋桁を乗せていく”刎橋”という今では忘れられた架構形式を採用しています。
「日本の伝統的な斗?を現代的に解釈して反復しています。隈さんの真骨頂ですね。」
中村氏とホテル内を散策。大きな開口部のある渡り廊下。特別室の客室内のバスルームはガラス張りでリビングルームと小川のせせらぎに面しており、ガラスと鉄とコンクリートが木材と自然が調和。いかにも隈研吾作品らしい雰囲気。
本館廊下部分。障子から差し込む明るく白い光がまぶしい。
雲の上ホテルの温水プール。宿泊客だけではなく、町民なら誰でも利用可能。実際、その日泳いでいたのは地元の小学生でした。
プールのパブリックスペースも、梼原町産の木材を使用し、暖かい雰囲気。「隈さんが最初に手がけたのはホテルの本館ですね。時代もポストモダンな建築から、地域の産業や職人との対話の中からのものづくりに大きく変化したころですね。」次のオリンピックでスタジアムの設計を手掛ける隈研吾氏、"地方の”建築の最初の足がかりはこの雲の上ホテルなのでしょう。
さらに隈研吾建築である「雲の上ホテル別館」と「梼原町総合庁舎」を見ようと梼原の中心部に移動。途中で出会った木製アーチ型の橋。梼原町には木製の橋が3本かかっていますが、この「梼原橋」は車両も通行できるのです。強度が必要な橋も「木製」であるところに、この町のアイデンティティが現れています。
二階が「雲の上ホテル別館」の客室。一階は「マルシェ・ユスハラ」として、町の特産物・土産物などを販売しています。
かつて梼原には茅葺き屋根の茶店があり、峠を超える人々をもてなしてきたとか。「外壁は茅を素材としたブロックですね」と中村氏。デザイン性の高い建築なのに、違和感がないのは地に根付いた素材を使っているから。その土地の「らしさ」をくみとるために、建築家は町をいろいろな方向から探っていきます。雉肉、干ししいたけ、干し大根や味噌など、マルシェの中を探索。その土地ならではの食材や料理を知ることも、大きな助けとなります。
「梼原町総合庁舎」を見つめる中村氏。飛行場にも使用されるという大型スライディングドアの中には町役場だけでなく、農協や銀行、商工会議所など、公共施設が入っているのだとか。冬は降雪が多い山深いこの町の気象条件に対応し、どんな季節でも町の人々が集える場所となっているのです。
庁舎内部には大掛かりな舞台があり、この日は移動型ステージの設置が行われていました。この庁舎の建材にも、梼原町産の杉の集成材が使われています。
議場施設にも杉の木材がふんだんに使用され、前後の壁面には議題やプレゼンテーション用大型スクリーンが組み込まれています。こちらは災害時には町の避難所として機能するようにも、設計されているのだとか。天井に渡る大きな梁を見つめる中村氏。杉の集成材で組まれた格子状重ね構造梁は、アトリウム同様4本の過ぎ柱で1本の柱となる組柱と、格子状に組んだ重ね梁によって構成されています。「美しい木目を見せるだけではなく、木造建築における耐火性も考えられた構造です」
「まず自分の例からお話しましょうか。僕は昨年徳島県上勝町で『Kamikatz Public House』というブルワリーを設計したのですが、この建築はほとんどすべての建材をリユースしたものです。それは『エコでサステナブルな建物を作りたい』というテーマが先にあったからではありません。この上勝町という町は、ゴミ収集車が走っておらず、もう何十年も、エコという言葉ができ前から町民の皆さんがゴミのリサイクルやリユースに取り組んでこられている。だからこそ、そういう思いをくんだ建物を作り、町の人と外から来た人たちが交流できるような場所を作りたいと考えたのです。
ここ梼原町に来て、隈さんの建築を見学して、根本は同じだと感じました。梼原町はもともと林業の町であり、その主産物は杉とひのきです。さらにこの町では林業の一歩先を行っており、木材ペレットを使用したバイオマス発電、それに風力発電も行っており、町で使用する電力は自らまかなっていると聞きました。そういった街の人達の暮らし方や考え方。そして高知県という南国ながら、冬には雪深くなる気候。それらを踏まえてデザインされた結果、サステナブル、と世界的に評価される建築が完成したのだと感じました。建築は出来上がったあと町の人々に利用されてこそ、生きるのですから」
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高知龍馬空港から車で1時間40分。JRの最寄り駅・須崎駅から高速バスで1時間20分という四国カルストの中にある梼原町だが、隣県である愛媛県宇和島市と高知市をむすぶ交通の要所として古くから栄えていた。梼原町の面積の91%は森林であり、四国カルストは標高1,455mにもなる高原地帯ゆえ、冬は雪が積もる地域である。幕末には坂本龍馬が脱藩するために通った道が町内に存在する。
この小さな町は林業から転換して町ぐるみで自然エネルギー利用への実験的な取り組みが注目されており、風力発電による電力の売電、梼原川を利用した小水力発電、そして間伐材などを利用した木材ペレットを生産し木質バイオマス地域循環利用の取り組みを行って森林を守るその姿勢への評価が国内外から高い。日本で初めて国際的な審査機関であるドイツの森林管理協議会に「適切な森林管理を行っている地域」として認証を受けている。
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