いま世界の注目を集めている、日本の観光と食文化。しかし時代とともに、長い年月を経て大切に受け継がれてきた伝統と文化が、失われ、忘れられつつある―そうした憂慮すべき事態に警鐘を鳴らすと同時に、地方毎に伝えられる豊かで多様性に富んだ食文化を再発見しようと、発足したプロジェクトがある。DINING OUT―それは、日本のどこかで数日だけオープンするプレミアムな野外レストラン。佐渡島で開催された第1回目の模様を、レポートしよう。
東洋文化研究者、著述家。 1952年アメリカ生まれ。日本には64年に初来日。エール、オックスフォード両大学で日本学と中国学を専攻。97年からタイに第2の拠点を構え、京都とバンコクを往来し活動を続ける。
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日本各地の多様な食文化には、それぞれの土地固有の歴史が宿っており、風土が反映されている。DINING OUTは、そのコンテクストを紐解き、ホストや料理人とともに提案する新たに食体験を通じて、地域のこれからの物語を紡ぎだしていくプロジェクト。その土地の魅力を最も象徴する場所で、一流の料理人の手にかけられた地元の食材を、その土地に残る伝統的価値を再構築した演出のもとに提供する、期間限定の野外レストラン。DINING OUT SADOは、その第1回目として新潟県佐渡島で2晩にわたって開催された。ホスト兼ナビゲーターには、アメリカ出身の東洋文化研究家アレックス・カー氏を、また佐渡の食材を使って腕を振るうシェフには山田チカラ氏を招聘。参加者は、彼等のプロデュースする佐渡島の貴重な食文化体験を堪能した。
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Dining Outは、地域再生に対して、これからどう取り組めばいいかを考えた末に辿り着いた答えです。日本では昔から、特に貴族階級の人々の間で、紅葉狩りや花見など、美しい自然環境の中での食事を楽しむという文化がありました。ヨーロッパでも同じ。White Partyという、白い服を着て出かけて行くパーティスタイルがあります。タイのバンコクにも、貴族の邸宅を借りて行うパーティがありますね。でも今回のような、一流の料理人と一緒に、宿泊を伴うスタイルで行われるようなイベントは、日本では初めてといえるでしょう。 どこで開催するかを考えるにあたっては、日本の伝統文化の再発見に繋がる場所として、神社仏閣がふさわしいと考えました。さらに調査を進めた結果、佐渡島が最適であると分かりました。関東からも関西からも、実は遠そうに見えて遠くないという立地も理想的でした。
佐渡島というと、鎌倉時代から政治犯を隔離した流刑地のイメージがありますが、それゆえに高い文化が根付いていることでも知られています。都の文化が、この島にはいまも息づいているのです。清水寺や長谷寺といった古刹は、名前の読み方は変えていても、れっきとした世阿弥由縁のもの。配流された高貴な方々は、こうした場所で都を偲び、心を癒したのでしょう。同時に、佐渡は類い稀な豊穣の地でもあります。水に恵まれ、米や野菜などの農作物が豊富に採れます。また寒流と暖流の接点にあるため、魚の水揚げにも恵まれています。北前船は貿易によってこの地に富をもたらし、金山は多くの人を呼びました。神社仏閣も数多く建立され、江戸時代には200を超える能舞台がつくられました。今日においても、32もの能舞台が残されているというのは、全国を見ても他に類のないことです。 中でも、大膳神社の能舞台は現存する最古のものです。茅葺き屋根の美しさもあり、今回の会場をここに決めました。佐渡島では江戸時代に能が広まり、そのルーツを担う佐渡宝生流の本間家は、もう18代目を数えます。当時、漁村や農村でも盛んに能が行われていましたが、今でもシテ、ワキ、囃子方などすべての役が佐渡の人々によって演じられます。今日のご覧 に入れるのは『猩々』。特にめでたい演目として知られるものです。
今日ご提供する料理について。能楽には幽玄という表現があります。幽玄における美しさは、この世のものではない、ファンタジーの世界のものです。そこで今回のおもてなしにおいても、専門家による照明の演出を入れてみたり、茶道におけるプロセスになぞらえて、先に清水寺に寄ってからここ大膳神社に来ました。幽玄では、抽象化した洗練の表現が必要です。そこで料理をお願いしたのが、スペインの名店「エルブジ」で修行された山田チカラさん。彼はまさに、不思議で幻想的な創作料理をつくり出してくれます。今回は、佐渡の旬の食材でスペシャルコースをつくって頂きました。今夜は一緒に、ゆっくりと佐渡の夜を楽しむことにしましょう。
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10:49 JR新潟駅到着
取材スタッフは東京駅で「Maxとき313号」に乗車し、新潟駅へ。乗車時間はわずか1時間37分。思いのほか近いのに驚かされる。12:10 新潟駅からバスで新潟港まで移動
佐渡汽船の高速旅客船ジェットフォイルに乗船し、佐渡島の玄関口である両津港を目指す。ボーイング社が開発したジェットフォイルは、45ノット(時速83km/h)の高速航行が可能。窓外の景色が飛ぶように流れていく中、次第に佐渡島が見えてくる。
14:05 両津港到着
約1時間の船旅の末、ようやく佐渡島の玄関口である両津港に到着。かすかに響いてくる佐渡おけさの調べが、旅情をそそる。しばしのオリエンテーションののち、参加者たちは、待ち受けていたバスに分乗。この日の宿泊先となる「RYOKAN浦島」へと移動する。15:00 RYOKAN浦島到着
佐渡島の中央を貫通する国道350号を走らせること、およそ30分。到着したのは、真野湾に面した「RYOKAN浦島」。穏やかな海岸に面して立つ2棟の建物は、内藤廣氏と北山恒氏の設計。旅館の前に広がる、穏やかな午後の海。参加者は、DINING OUTの始まる夕刻まで、しばし海岸を散策して寛いで過ごすことに。
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17:00 清水寺
宿を出発し、DINING OUTの会場である大膳神社を目指したはずの参加者だが、バスが停まったところは清水寺(せいすいじ)。アレックス・カー氏と山田チカラ氏が用意した、サプライズであった。刻一刻と暮れなずんでいく中、深い森に抱かれた清水寺が、幻想的なキャンドルライトの中に浮かび上がる。待ち構えていたのは、山田チカラ氏。クリュッグとトリュフマカロンという贅沢なアペリティフとともに、参加者をもてなしくれた。その心づくしが嬉しくて、古刹の堂所はいつの間にか笑い声で満たされていく。
清水寺(せいすいじ)はその名のとおり、京都の清水寺を模して、大同3年(808)に建立された。ディナーのためにドレスアップした参加者たちは、フルートグラス片手に、古刹を物珍しげに見て回る。1,200年の時を超えて、クリュッグというとびきりのお神酒を供えられた、その不思議な運命に胸打たれながら。
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18:00 大膳神社
思わぬ食前のサプライズの後、参加者はいよいよDINING OUTの会場となる大膳神社へ。美しくライトアップされた参道には、山田チカラ氏をはじめとする料理スタッフがずらりと勢揃いし、一行を丁重に出迎えてくれた。これから始まるのは、薪能を鑑賞しながらのスペシャルディナー。期待に胸が高鳴る。大膳神社の能舞台に、挨拶に上がったカー氏。すでに、すっかり非日常の世界へと誘われている参加者たちに、改めてDINING OUTの趣旨を語り、理解と支援を訴える。カー氏は一貫して、いま我々の足下で消えつつある貴重な文化財産を、後世に伝えていく重要性について、熱く語りかけた。
辺りはすっかり夜の静寂に包まれ、いよいよ薪能の始まる時刻となる。息を呑み、静かに見つめる参加者たちの合間を、松明を持った者たちが厳かな様子で行き来し、かがり火に明かりを灯していく。
ふいにパチンと弾けるかがり火の音。その他には、静寂を破るものの何もない、漆黒の闇が支配する夜の境内で、薪能が始まった。この日、『猩々』を演じるのは、18代目を数える佐渡宝生流の本間家ほか、すべてが佐渡の人たち。佐渡が「能の島」と呼ばれる由縁である。参加者たちは、時の観念を忘れさせるような幽玄の世界に酔いしれ、この特別な体験をそれぞれの記憶に刻み込んだ。
佐渡の豊かな風土に育まれた、海の幸と山の幸。そんな恵まれた素材の中から、さらに厳選されたものだけを使い、この日のための特別な料理を手がけてくれたのは、山田チカラ氏。彼が腕によりをかけてふるまう料理は、どれも見て美しく、口に含んで素材そのものの美味しさが感じられるような、珠玉の逸品揃いであった。単なる食事を超えた、生涯忘れることのないであろう特別な体験としてのディナーを、誰もが心ゆくまで堪能したに違いない。
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左から「佐渡野菜の盛り合わせ」「ブイヤベースのタルトレット」「佐渡産牛フィレ肉の炭火焼と舞茸」「黒いちじくとエクレアとおけさ柿のソルベ」
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